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2026年3月17日火曜日

第12回 ラファエッロの《アテネの学堂》(2)

 松浦弘明先生の西洋美術史講座、今回が今期の最後でした。

前回に引き続き、アテネの学堂を見ていきました。右側29人左側29人と合計58人の古代ギリシアの学者たちが小グループにまとまりながら描かれているわけですが その小グループが意味する学問を教えていただきました。

ラファエッロ
アテネの学堂
1510頃
底辺770cm 

自由七学芸 がメインテーマで

三学---文法、論理学、修辞学

四科----算術、音楽、幾何学、天文学

「アテネの学堂」の中でどの部分がどの学問を意味するかを

一般的な研究者の見解や松浦先生のお考えを説明していただきました。

発注者のユリウス2世が何に強い関心を持ち、どんな考えでこの署名の間を作ってもらったのかも教えていただきました。

「アテネの学堂」以前の自由七学芸の画像も見ていきました。

★自由七学芸の写本 真ん中にいるのはソクラテスとプラトン 

自由七科と哲学
ランツベルクのヘラート著
ホルトゥス・デリキアルムの中の一ページ
12世紀

★スペイン人の礼拝堂 の中の 壁画 自由七学芸 大きくするとよくわかります。


聖トマス・アクイナスの礼賛
アンドレア・ディ・ボナウトおよびその工房
14世紀半ば
サンタマリア・ノヴェッラ教会(修道院)
スペイン人の礼拝堂

★文法(上図・右端)は母が子に教えているような画像
部分
文法
Sailko, CC BY 3.0 <https://creativecommons.org/licenses/by/3.0>, via Wikimedia Commons


★署名の間 アテネの学堂の天井には「哲学」の女神が。

Vatican City, December 2023 IMG 7092 (54185339124)
アテネの学堂 天井方向
Brian Jeffery Beggerly from S'pore (Singapore), Singapore, CC BY 2.0 <https://creativecommons.org/licenses/by/2.0>, via Wikimedia Commons


★哲学の女神は 二冊の本(モラルと自然)を持っている。

アテネの学堂の上方向の天井
哲学の女神

ユリウス二世は聖書のほかにそれまでの学問も学習しないといけないという考えを持っていたそうです。プラトンの「国家」は彼の愛読書。ユリウス二世には国家元首としての立場もあったそうです。

ユリウス二世
ラファエロ
1511
ナショナルギャラリー、ロンドン


今日のお話をもっと深く知りたい場合は

ラファエロ 河出書房新社

に松浦先生の研究を書かれているそうなので、図書館でお借りになって読んでみてくださいということでした。

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今なら春の講座(池上英洋先生)が間に合います。
また 諸川春樹先生の遠近法講座も募集中です。

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2026年2月27日金曜日

第11回 ラファエッロの《アテネの学堂》(1)

 松浦弘明先生の西洋美術史講座 ラファエッロ<アテネの学堂>その①でした。

いい復習画像を見つけましたので、貼っておきます。

著名の間 リンク

<アテネの学堂>の画像はよく見かけますし、(自分だったら)「知ってる知ってる、これがアリストテレスでこれがプラトン」と言って終わってしまいそうですが、

これは偶像崇拝を長らく禁止していたキリスト教の総本山、ヴァチカンの教皇ユリウス2世の依頼の書斎の間の絵ですよ、キリスト教以前の異教の神々も描かれていますよ、変だと思いませんか?との問いかけに なるほど、そういえばそうだ。。と驚きました。

署名の間の重要な絵は東西に、 <アテネの学堂>は東側に描かれています。

そのことを踏まえて、描かれている背景の建物などと人物グループ、人物、思想、思想の流れなどを説明していただきました。

これらの絵の構成はラファエッロ個人が考えたのではなく、教皇庁にいるたくさんの学者たちに教えられているとのことでした。

人物の群像がどのような順番で描かれているかもわかりました。


ラファエッロ
アテネの学堂
1510頃
底辺770cm 

ピュタゴラス 数学や音楽理論

部分

プラトンとアリストテレス
本を持っています。
部分

プトレマイオスは地図を制作。王冠をかぶっている。『ゲオグラフィア』を著す。 

ユークリッドはコンパス持ってます。 

部分
主要な人物の年代、奥の建物、建物の浮彫、持物 
そして哲学と 深い意味があるのだとわかりました。
次回は最終回です。もっと深くアテネの学堂についてのお話があるそうです。




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2026年2月13日金曜日

第10回 ラファエッロの芸術的基盤

 松浦弘明先生の西洋美術史講座、今回は若き日のラファエッロ(1500-04 ペルージアで活動していた時代)について教えていただきました。

ラファエッロは1483年ウルビーノで生まれ、1496-1500年頃ペルージアのペルジーノの下で絵を学びます。先生のもとで学ぶ、ということは「先生と同じように描ける」ことを学ぶ、ということなのだそうです。ペルジーノの絵にはラファエッロが描いていた部分があるものもあるのではないかということでした。

特に「マリアの婚約」について比較していきました。

ペルジーノの<マリアの婚約>は ペルージア大聖堂の重要な場所に設置された絵画なのだそうです。

そのころ、ペルージア近くのチッタ・ディ・カステッロという町のサン・フランチェスコ教会のアルヴィッチー二礼拝堂(アルヴィッチー二家のための祭壇)に絵画の注文があり、多分ペルージア大聖堂のペルジーノの絵みたいな、、、などという希望で、ラファエッロが先生の作品を基にがんばって工夫して描いたのではないか、とのお話しでした。ラファエッロ21歳。

建物にははっきりと「ラファエッロ 1504年」と記されており

一点透視図法の構図、空気遠近法、ペルジーノの絵を反転させと人物配置もかなりそっくり。先生の模倣からはじまったのだろうけれどより良いものになっているのがわかります。杖を折っている若者なども見比べてみてください。

Perugino marriage virgin 1504 (22170197579)
マリアの婚約
ペルジーノ
1499-1504頃
カーン美術館
(ペルージア大聖堂には今は複製が設置されている)


Raffaello - Spozalizio - Web Gallery of ArtFXD
マリアの婚約
ラファエッロ
1504
ブレラ美術館


※ペルジーノの絵の部分 反転したもの


ペルジーノ、レオナルドの聖母子像から影響を受けたラファエッロの聖母子像も見せていただきました。

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2026年1月30日金曜日

第9回 ミケランジェロと古代彫刻

 松浦弘明先生の西洋美術史講座、今回はミケランジェロ。まず、ざっくりと「ミケランジェロまでの彫刻の歴史」を教えていただきました。

ギリシャローマ時代には人の形の彫刻がありましたがキリスト教が国教化されていく中でそのような彫刻はすっかりなくなってしまいました。 その後、教会建築、巡礼、などのキリスト教の歴史の中で建物に彫られた浮彫彫刻が-例えば人像柱頭が-だんだん浮き上がって丸彫り彫刻のようになっていく様子を画像で説明していただきました。

フランス「シャルトルの大聖堂」はステンドグラスで有名ですが、外壁の彫刻は彫刻の歴史として大変重要だそうで、シャルトルの大聖堂に行ったら必ず見てくださいとのことでした。

さて ミケランジェロですが、若いころにメディチの彫刻庭園に出入りし、古代彫刻を見る機会が多かったのだそうです。「アポロ」像もそのころ発掘されたのだそうです。

アポロ像をミケランジェロのダヴィテ像と比較したり、

それまでのダヴィデ像を比較したりダヴィデの物語の中のどの部分を像にしたのか、などをテーマにいろいろお話ししていただきました。

ミケランジェロはアポロ像を絶対見ていましたよね、比べてみましょう。

Belvedere Apollo Pio-Clementino Inv1015
ヴェルデヴェーレの<アポロ>
2世紀(BC300頃の彫刻の模刻・1489に発掘)
ヴァティカン美術館


ダヴィデ像
作者不詳
1200頃
フィデンツァ大聖堂

ダヴィデ像
ドナテッロ
1409
バルジェロ美術館

ダヴィデ像
ドナテッロ
1440頃
バルジェロ美術館

ダヴィデ像
ヴェロッキオ
1475頃
バルジェロ美術館

ダヴィデ像
ミケランジェロ
1501-4
アカデミア美術館


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2026年1月9日金曜日

第8回 ボッティチェッリの「神話シリーズ」(2)

 松浦弘明先生の西洋美術史講座、今回も引き続きボッティチェッリの「神話シリーズ」でした。

ボッティチェッリの『春』は当初 ロレンツォ・ディ・ピエルフランチェスコへの「結婚記念画」として、『ミネルヴァとケンタウルス』と対で描かれたもので、絵の縦の高さがほとんど同じということでした。1499年に2枚がフィレンツェ市内のラルガ通りに面したピエルフランチェスコ・デ・メヂィチ家本宅ロレンツォの寝室の隣室に設置されていました。

個人的空間に飾られていた結婚記念画としての2枚の読み解きを教えていただきました。美術書で見ると、「大きさ」がわからないので混乱しやすいとのことでした。

ボッティチェリ
『春』
1482-85頃
ウフィツィ美術館



ボッチチェリ
ミネルヴァとケンタウロス
 1482-85頃
ウフィツィ美術館
     


ところが1550年の時点では、『春』はフィレンツェ郊外カステッロのメディチ家別荘に、『ヴィーナスの誕生』と並べて飾られていたことがわかっています。(この二枚の絵は大きさが異なります。支持体も異なります。『ヴィーナスの誕生』は『春』より後に描かれたことがわかっています。)
個人的空間にあったものがどうして人に見せる公的空間に飾られるようになったのか、二人のヴィーナスが並べられている理由・・・天上的アフロディーテ、世俗的アフロディーテ についてプラトンの『饗宴』を通して説明していただきました。
よく目にする絵ですから、先生のお話を思い出しながら 絵について、イデアについてなど人にも説明できるようになれたらいいなあと思いました。

ボッチチェリ
ヴィーナスの誕生
1485頃
ウフィツィ美術館

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2025年12月26日金曜日

第7回 ボッティチェッリの「神話シリーズ」(1)

 松浦弘明先生の西洋美術史講座 今回はボッティチェッリの「神話シリーズ」(1)でした。

ボッティチェッリの描いた神話画には 《春》 《ミネルヴァとケンタウロス》 《ヴィーナスの誕生》 《ヴィーナスとマルス》などがありますが、今回は《春》について主にお話ししてもらいました。

ボッティチェリ
『春』
1470年代後半または1480年代初頭
ウフィツィ美術館

先生はいつも比較するべき2つの作品を比べたり、その絵はどうして、何のために発注され、描かれたのか、 ということを問題にされます。

今回は まず、レオナルドの《岩窟の聖母》と比べました。
(レオナルドとはともにヴェロッキオ工房で働き、同じ時期に画家組合に登録したのだそうです。)
レオナルド・ダ・ヴィンチ
岩窟の聖母
1483-86
ルーブル美術館



また、同時期にボッティチェッリによって結婚記念画として描かれたレンミ家の壁画も紹介していただきました。ロレンツォ・トルナブオーニと二コロ・フィオレンツィーノへの結婚記念画です。二コロ・フィオレンツィーノの記念メダルの裏には三美神。
結婚に伴う愛を三美神であらわしているのではないか。
ロレンツォに対しては三学四科の自由学芸を描いている。

ボッティチェッリの《春》は多くの研究者が多くの解釈をしていますが、松浦先生は今回これらの絵と比較して 結婚記念画的なお話をしてくださいました。



https://www.wga.hu/art/s/spinello/spinelln/albizzi.jpg
ジョヴァンナ・デリ・アルビッツィ(1468-88)のメダル 表と裏
二コロ・フィオレンツィーノ
1486頃




レンミ家の壁画(下の絵画と対)
三美神
1486頃
ボッティチェッリ
パリ ルーブル美術館


レンミ家の壁画
七人の自由学芸に紹介されている青年
1486頃
ボッティチェッリ
パリ ルーブル美術館


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2025年12月12日金曜日

第6回 レオナルドの《最後の晩餐》(2)

 松浦弘明先生の西洋美術史講座、有名なレオナルドの《最後の晩餐》の2回目でした。もっともっと語りたいことがあるとのことでしたが、まとめてくださいました。

レオナルドも絵を描くにあたって過去のほかの画家たちの最後の晩餐を参考にしていたと思われますが レオナルドの《最後の晩餐》は構図、そのほか画期的に違う部分がたくさんあります。

絶対に参考にしていたと思われるギルランダイオの最後の晩餐を特に取り上げ、

どんな意図で、どこをレオナルドは変更して描いたのか?どんな点でそれが効果的だったのか、ということを 具体的に詳しく見ていきました。

The Last Supper, created in the late 15th century by Leonardo Da Vinci.
レオナルド・ダ・ヴィンチ
最後の晩餐
1494-98
サンタ・マリア・デッレ・グラツィエ修道院 ミラノ



ギルランダイオ
最後の晩餐
1480頃
サン・マルコ修道院の食堂にあった

試行錯誤の様子は 残されたデッサンなどでもよくわかるそうです。

レオナルド
最後の晩餐のための習作
1494年頃
ウインザー 王立図書館

A study for The Last Supper from Leonardo's notebooks shows twelve apostles, nine of which are identified by names written above their heads. Judas sits on the opposite side of the table, as in earlier depictions of the scene.
レオナルドの弟子(?)
《最後の晩餐》のための習作
ヴェネツィア
アカデミア美術館





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2025年12月3日水曜日

お知らせ 盛期ルネサンス 公開講座(単回受講)のお知らせ

松浦弘明先生の西洋美術史講座 受けてみたい方に朗報です。

新百合21ホール・多目的ホールにて数回受けることができます。

https://kawasaki-c-academy.jp/で是非お申し込みください。

受講できるのは 下記の講座です。

新百合21ホール 10時半~12時まで (開場10時)

 それぞれ受講料2000円(資料付き)

準備のため1週間前までに事務局にお申し込みください。

この行をクリックしていただくと申し込みのリンク先となります。

申込番号790 第5回 11/28(金) レオナルドの《最後の晩餐》(1)

申込番号791 第6回  12/12(金) レオナルドの《最後の晩餐》(2)

申込番号792 第7回  1/9(金) ボッティチェッリの「神話シリーズ」(2)

申込番号793 第9回  1/30(金) ミケランジェロと古代彫刻 

 ↑ 終了

申込番号794 第10回  2/13(金) ラファエッロの芸術的基盤

  ※ 講座番号は リンク先のインターネットでの番号にしています。


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2025年11月28日金曜日

第5回 レオナルドの《最後の晩餐》(1)

 松浦弘明先生の西洋美術史講座 今回は レオナルドの《最後の晩餐》(1)でした。

 レオナルドの最後の晩餐については ヒット映画 ダ・ヴィンチコードではあっと驚く解釈がありました。一つの絵を見ての想像で作る解釈は楽しいですが 美術史的アプローチとしては その時代時代の絵画の役割、意図をきちんと押さえていかなくてはならないそうです。

レオナルドの「最後の晩餐」のお話に入る前に、レオナルドまでの「最後の晩餐」の図像は誰のために、何を意図して描かれ設置されていたのかを考えていきました。

サンタポリナーレ・ヌオーヴォ聖堂 (ラヴェンナ)は 一般の人が誰でも入っていける聖堂。建物の中で、この図像のある場所は「聖体パン」をいただく聖餐式の場所のすぐ近くにあります。聖体パンをいただきながら見上げると「聖体パンの描かれている最後の晩餐の図」があるというわけです。

その絵の中にはお魚が描かれていますが、「大きなお皿にのったお魚」を食べようとしているのではないのです。

イエスが祝福するとパンが魚(IXΘIΣ)(XPIΣΘOΣ=救世主と意味が似ているのでキリストを意味する)⇒聖体に変化しました。 つまり、机の上にあるのはお魚 ではなく、「聖体」を意味しているのだそうです。


サンタポリナーレ・ヌオーヴォ聖堂
ラヴェンナ
 《最後の晩餐》 500年頃

マタイ福音書、ヨハネ福音書などの記述も紹介していただき、 一般の人が見ることを想定して描かれている「最後の晩餐」の図像を見せていただきました。

1170頃
ヴェネツィア サン・マルコ聖堂

ジョット
1305年頃
パドヴァ スクロヴェーニ礼拝堂

レオナルドの「最後の晩餐」は修道院の食堂の壁画です。
同じようにフィレンツェにある修道院の食堂に描かれている「最後の晩餐」を見ていきました。
イエスの手は「祝福」のサインをしています。こちらでは信者の方々に「聖餐式」を行ない、祝福を与える立場の修道士たちが毎日の食事の折に目にする壁画です。ですから、「修道士」の立場で描かれているということでした。

タッデオ・ガッティ
最後の晩餐(下の部分)
1330頃
サンタ・クローチェ聖堂 (フィレンツェ)の修道院の食堂


ギルランダイオ
最後の晩餐
1480頃
サン・マルコ修道院の食堂にあった

次回 12月12日は最後の晩餐②です。
是非 お申し込みの上、新百合ヶ丘でご受講ください。



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2025年11月21日金曜日

第4回 レオナルドの《岩窟の聖母》

松浦弘明先生の西洋美術史講座、第4回、今回はレオナルドの「岩窟の聖母」についての詳しいお話がありました。

13世紀から「聖母マリアの絶対的純潔」が教義として肯定されて広まり、15世紀半ばには正式に承認されます。

そしてレオナルドの《岩窟の聖母》の絵はもともとはミラノのサン・フランチェスコ・グランデ教会内の「無原罪のお宿り」礼拝堂に「12月8日」(無原罪の御宿り」の祝日に設置するために1483年の春にレオナルド・ダ・ヴィンチとデ・プレーディス兄弟に発注されたものなのだそうです。

無原罪のお宿りとは何か、そのころのマリア、アンナの描かれ方なども説明していただきました。


⇓ 無原罪のお宿り、マリアの母のアンナも描かれている絵

フィリッポ・リッピ
無原罪のお宿り
1460頃
パラティーナ美術館、フィレンツェ


岩窟の聖母について詳しい説明がありました。

レオナルドは人間と自然の相関関係(肉体は大地、血液は大洋などとする) を考えていて、

内臓は洞窟に対応するのだそうです。

つまり、描かれている岩窟はアンナの子宮を意味するということ。

「岩窟の聖母」という題で知られていますが、その時代の歴史事情、絵を完成させるためのやり取り、いきさつを考えると「無原罪のお宿り」をテーマとしたものではないかのことでした。


レオナルド・ダ・ヴィンチ
岩窟の聖母
1483-86
ルーブル美術館

その時代のレオナルド・ダ・ヴィンチの評価のされ方のお話などもありました。

ロンドンバージョン

ロンドン・ナショナルギャラリー


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2025年10月31日金曜日

第3回 若きレオナルド・ダ・ヴィンチの仕事

 松浦弘明先生の西洋美術史講座 ヴェロッキオの工房にいた若きレオナルド・ダ・ヴィンチ(1452- 1519年)の仕事として、レオナルドが工房にいた同時期に描かれた「トビアスと天使」「キリストの洗礼」二つの絵を細かく見て比べていきました。

★絵の大きさの違い

★トビアスと天使はテンペラ、キリストの洗礼は油絵が使われている

★ヴェロッキオ先生の手によるところ弟子の描いたところ

★若きレオナルドが仕事をした部分 

などのお話を伺いました。先生のお話がなければ気が付かないところばかりです。

ヴェロッキオ工房
トビアスと天使
1475年頃
ロンドン ナショナルギャラリー
84×66cm
ヴェロッキオ工房
キリストの洗礼
177×151cm
1472-76頃
フィレンツェ ウフィツィ美術館

顔が似通っている部分があります。 キリストは先生が下絵、弟子が色付けをしたのでは?レオナルドが彩色したかも。

テンペラ画は絵具の溶き方(準備)の都合で例えば肌の色は3種類ぐらいの色目。油絵の場合は色は自由に作れる。





風景は↑上はテンペラ のっぺりとしている
↓下の風景部分は油絵、スフマート技法。左の天使とともにレオナルドが描いた部分と考えられています。ヤシの木はまた別の弟子。


何人もの弟子の手によると伺ってもう一度ゆっくりと見てみたくなりました。

ヴェロッキオ工房にはサンドロ・ボッチチェッリも同じ時期に出入りしていたそうです。

2人とも1472年にフィレンツェのサン・ルカ組合(画家組合)に登録しているとのこと。

ブノアの聖母についても説明していただきました。これはとても小さい絵で家庭用作品なのだそうです。

レオナルド・ダ・ヴィンチ
聖母子(ブノアの聖母)
1478-80年頃
50×32cm
サンクトペテルブルクのエルミタージュ美術館
  
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2025年10月24日金曜日

第2回 フィレンツェの二大工房

 松浦弘明先生の西洋美術史講座 二大工房の復習をしていきました。

絵を比べながら美術表現が少しずつ変わっていくのを見ていきました。

ブルネレスキがいなければマザッチョは生まれなかった。

ブルネレスキ
サンタ・マリア・ノベッラ教会
1410年ごろ
Miguel Hermoso Cuesta, CC BY-SA 4.0 <https://creativecommons.org/licenses/by-sa/4.0>, via Wikimedia Commons


マザッチョ
三位一体
サンタ・マリア・ノベッラ教会
1427年ごろ

マザッチョとフィリッポ・リッピの玉座の聖母子像を比べるとどこが変化していきましたか?
①人間か理想化か?
②空間表現は?
③陰影表現は?
マザッチョ
1426
ロンドンナショナルギャラリー

フィリッポ・リッピ
1437
タルキニアの聖母
国立アンティカ美術館、ローマ


※ 先生がAIを使って サンタ・マリア・デル・フィオーレ大聖堂のブルネレスキが天蓋をつける前の状態の画像を作ってみましたと、 私たちに見せてくださったので、
私もやってみたらできるかもしれないとやってみましたが、うまくできませんでした。なかなか難しい。やってみてください。


失敗したAI作成
by世話人

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