松浦弘明先生の西洋美術史講座、今回は主に「ラファエッロの初期活動」 「ヘリオドロスの間」についてでした。
若きラファエロの目標は「師ペルジーノのように描くこと」でした。しかし彼は単なる模倣に留まらず、師を凌駕し、レオナルドを知ることによって新たな美を確立していきました。その過程を図像を見せていただきながらたどっていきました。
ラファエッロは師ペルジーノのように描きつつ それを超えようとしています
| ペルジーノ 聖母の結婚 1501-1504 カーン美術館 |
| ラファエッロ 聖母の結婚 1504 ブレラ美術館 |
ペルジーノが描いた時代(フィレンツェ)の『最後の晩餐』の構図は、その後レオナルドがミラノで手がけた『最後の晩餐』によって劇的な変化を遂げました。
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| レオナルド・ダ・ヴィンチ 最後の晩餐 1495年〜1498年頃 サンタ・マリア・デッレ・グラツィエ教会(修道院食堂) |
グループ分けされた人物の配置やエモーショナルな表情表現といったレオナルドの手法を深く消化したからこそ、のちの『アテネの学堂』における見事な群像表現へと結実したのだと感じます。
真ん中の一番いい位置に描かれている「プラトン」はレオナルドの顔だと言われています。
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| ラファエッロ アテネの学堂 1510頃 署名の間 |
ヘリオドロスの神話 およびユリウス2世が描かれていることなども説明していただきました。ドラマチックに描かれています。
| ラファエッロ 神殿から追放されるヘリオドロス 1513頃 ヘリオドロスの間 バチカン宮殿 |
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