2019年11月15日金曜日

第7回  ロッソ・フィオレンティーノ:フランスに流出した才能

赤(ロッソ)毛のフィレンツェ人というあだ名の人です。

初めはローマに居住し、パルミジャニーノやラファエッロ工房の画家と交流。ローマ劫略後は中部イタリアを彷徨、ベネツィアへ。ヴェネツィアのアレティーノの推薦で1530頃フランス王フランソワ1世の宮廷画家となり、フランスフォンテヌブロー宮で仕事をします。

フランス「フォンテーヌブロー派」はロッソ・フィオレンティーノなどフランス•フォンテーヌブローへ流出したイタリア人画家の影響でできた画家グループだそうです。


ロッソの作風。目のあたりは独特で子供はかわいい。

ロッソ・フィオレンツィーノ
玉座の聖母と四聖人
1518 ウフィツィ美術館


十字架降下。ポントルモと同時代です。二人ともミケランジェロの素描を見ており、
影響を受けています。
ミケランジェロの真似ではありますが、それぞれ独自のものになっています。。
ロッソ・フィオレンツィーノ
1521 十字架降下 ヴォルテッラ美術館

ミケランジェロ 十字架降下素描
1511頃
タイラース美術館 オランダ

システィーナ礼拝堂のボッチチェリのモーセ伝や筋肉美のミケランジェロの素描画「カッシナの戦い」に影響を受けたと思われる「エテロの娘たちを救うモーセ」。

ロッソ・フィオレンティーノ 
エテロの娘たちを救うモーセ
1523頃 ウフィツィ美術館


ミケランジェロ素描をもとにしたサンガッロの模写 
カッシナの戦い
ホウカムホール

ロッソはフォンテーヌブロー宮で働きます。
その後のフランスのフォンテーヌブロー派にはこのような絵があります。


狩りをするディアナ 作者不明
フォンテーヌブロー派
1550年代
ルーブル美術館

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